star
この物語は隔週ごとに更新されます
この物語は、HRC取締役の福島成二が「ヘッドハンティング」という日々の仕事をとおして体験したさまざまな人間模様をドキュメンタリー・タッチで描いたものです。あまり世の中に知られていないヘッドハンティングの世界を知るためにも、あるいはヘッドハンティングによって転職する場合の参考としても、貴重なアドバイスの宝庫となっています。ただし、登場する人物、会社、組織等はすべて筆者の創作によるもので、実在するものではありません。どうぞお楽しみに……。
No.135
(令和元年10月5日更新)

新任マネジャー

登場人物

齊藤 拓哉 (仮名、45歳男性、社長)

工藤 圭祐 (仮名、49歳男性、人事、総務マネジャー)

山本 澄夫 (仮名、32歳男性、人事、総務部員)

三村 肇 (仮名、58歳男性、経理部長)

メイ スミス (仮名、43歳女性、米国本社人事ディレクター)

千葉 真一 (仮名、38歳男性、フィールドサービス マネジャー)

橋本 文雄 (仮名、57歳男性、人材コンサルタント)

安倍 進 (仮名、35歳男性、候補者)

掘 まもる (仮名、60歳、エグゼクティブ サーチ 社長))

ジャン ボレロ (仮名、41歳、B社バイスプレジデント)

増田 正広 (仮名、33歳、B社 人事マネジャー)

(その21)

工藤のPCに斎藤社長からメールが入っていました。 なんだろうと思ってメールを開くと米国出張から帰国して次の日の朝に会いたいということでした。 社長は早朝にホテルのロビーで待っているとありました。工藤は不吉な予感がしました。 以前先輩からボスからの会いたいというのが夕方あるいは夜はセーフで、それは良い話題が多い、早朝はたいてい悪い話で要注意と言われたことがあったからです。

ロビーで待っていた斎藤社長の表情は固く工藤はなんの話だろうと思いました。コーヒーショップでコーヒーを飲みながら社長は重い口を開きました。
「工藤さん、先日提出してもらった入社後の職務報告書を読ませてもらった結果です。くどくど説明するのはよして単刀直入に言います。 今後のことですが、引き続き勤務してもらうのではなく、工藤さんには別の会社で新しいチャンスを掴むことお勧めします。」
齊藤社長は工藤がコーヒーを飲む暇がないほど早口で一気に結論を言いました。 工藤は驚いて言葉が出ませんでした。

社長は黙っている工藤に話を続けました。 
「入社時に締結した契約書にあるように試用期間が終了し会社が雇用継続の意思がない場合は社員に対して会社は2ヶ月分の給与を支払います。退職は工藤さんの希望退職の形で結構です。工藤さんが就職活動をして相手から推薦人を要求された場合、私の名前をあげてもらって結構です。 先方からの問い合わせには問題ない対応をさせてもらいます。約束します。」

工藤は一息ついてやっと社長の言葉の驚きから解放されると発言しました。
「いやー、急なお話で驚いています。普通の場合、試用期間を継続しない場合会社から前もって社員に対してアドバイスや指導がありますね。それでも社員が態度を改めない場合は警告もあります。 今回私は事前になにも受けていませんでしたので驚いているのですが、継続しない理由は何ですか? 私がなにか大きなミスでもしたのでしょうか?」

「工藤さん、理由を一つ一つあげて説明し、工藤さんの弁明を一つ一つ聞いて、という裁判みたいなこと、いや泥試合は避けたいのですがいかがですか、試用期間を継続しないと表明した会社側と裁判をおこし、たとえ勝ったとしてもその後勤務を継続するのは無理でしょう。工藤さんの今後十数年のビジネスマン人生を考えても決してプラスではないと思います。人材紹介業のコンサルタントでは今回のようなケースを会社と社員の「ミスマッチ」という表現を使用する人がいます。 ここは自分と会社はミスマッチだったと理解して円満に退職お願いできないでしょうか」

工藤は「ミスマッチ」の一言で片付けられてはたまらないと社長の言葉には納得はしていませんでしたが、社長のいう「泥試合」をするつもりもありませんでした。会社側から試用期間を継続しないという意思表明があった場合試用期間を数ヶ月延長して再度挑戦という例もありますが、それは営業職で成績が上がらない場合再度挑戦して営業成績が上がるかどうか見るような場合であり、人事、総務マネジャーには該当しないケースと理解していました。

工藤は社長がいままで使用していた工藤マネジャーとは言わずに工藤さんと言っているのに気がつきました。 あなたはもう我が社の社員ではないという響きがありました。工藤と会社が「ミスマッチ」ということになると、工藤と斎藤社長もミスマッチというより「ケミストリーがあわない」と解釈しました。工藤は会社には「社風が合わない」社長とは「肌が合わない」と解釈しました。 工藤は自分の社長に対する態度も、これといって特別な理由がないのに入社以降なにか他人行儀なよそよそしいものだったと自覚しました。

「工藤さん、今日から出社していただくことはありません。会社の人事総務マネジャーの職責は次の人が決まるまで私が兼務致します。会社にある工藤さんの私物は私の秘書がご自宅に送るように手配いたします。秘書はご存知のように口の堅い信用できる人ですから心配はありません。」工藤は会社に行き部下の山本やほかの社員に辞職のことを自分の口から説明しなくて良いのは助かると思いました。しかし反面随分ドライな別れ方だと思いました。 入社してから見てきた斎藤社長の社員に対する思いやりのある態度からは今回の試用期間を継続しない決定の仕方、告知の仕方は想像できないものでした。納得できない工藤は、いやこのドライなところが斎藤社長の本来の姿で、思いやりのあるウェットな社長の振る舞いやコミュニケーションの仕方は会社経営のための努力した仮の姿かも知れないと思いました。

社長と分かれた工藤は先輩の小林氏に連絡をとり会いに行きました。小林氏は外資系の輸入販売会社の会長職にあり時間には余裕がありました。 また後輩の工藤のことにはよく面倒を見てくれており、貴重なアドバイスを何度もくれていました。 今回のようなケースに立たされた工藤にとってはまたとないアドバイザーでした。 工藤はいつものように豪華な会長室に案内されました。 愛想の良い秘書がコーヒーを入れてくれました。

「会社を辞めるとは急な話だったね。 しかし会社ともめることなく円満に退職するのは賢明な選択だったと思うよ。 ミスマッチの状態で勤務を継続するのも無駄な時間と努力で工藤君にとっても会社にとっても継続しないのがベストだと思う。 普通はミスマッチだと薄々気がついていても時が経つと好転するかもしれないとぐずぐずするのが普通だが、社長の決断は今回早かったね、自分で決断したのだろうか、それとも誰かのアドバイスを聞いたのかな」

工藤は社長が試用期間を延長しなかった理由がどうしてもわからないと会長に正直に言いました。会長は「そんなことはどうでも良い、もう継続しないと結論がでているのだから」とは言わずに、工藤の入社後の経過を聞きました。 工藤は質問されるかもしれないと思い、社長に提出した試用期間の業務報告書のコピーを見せました。報告書を読んだ会長の感想の第一声は「この文章は試用期間を終えた社員のものではないな、どちらかというと外部のコンサルタント(評論家)の文章のようだ。これだと工藤君の熱が社長に伝わらない。一般的には社内で課題を見つけて、それに対して今後果敢に挑戦して解決に努め会社の発展に寄与するつもりだと意思表明するでしょう。 社長はそのような報告書を期待していたでしょう。」

「最初に書いた文章を読んでみたところ会社批判、社長やマネジャー、社員批判が強すぎると判断してすこし穏やかな表現にしました。」と工藤は弁明するように説明しました。

会長は言葉を続けました。「在宅勤務のところ、フィールドスペシャリストの採用のところは理解できて、なにも問題は感じないけれども、この社員持株制度によるインセンティブ プログラムはよくわからないので説明してくれますか」「とくにこのプログラムの社員への推奨には株式の売買、保有のリスクを説明する必要がある。」という文言はどういうことを言いたいのですか?と会長は聞きました。 工藤は説明しました、とくに齊藤社長が社員に対して株式運用のリスクをあまり説明しないで社員全体会議で「自社株を購入しましょう」と声高に言うのに違和感をもったと説明しました。 会長はそれを聞いて工藤に質問しました。「工藤君は過去に株の運用で痛い目にあったことあるの?」
工藤は説明を迷いましたが、会長には正直に伝えて良いと思い、東京電力の株で3.11のあと株が暴落して、連日のストップ安となり、売り注文を出したのに株が売却できず、最後は紙くず同然の価格で売却して、大損をしたと説明しました。
「工藤君はその体験を社長に説明したことあるの?」
「ありません。」
「部下やその他の社員にその話をしたことはありますか?」
「ありません。」と答えようとして工藤は「アッ」と思わず声を出しました。
「米国出張の時、人事マネジャーに話しました。」工藤はジェニファーに話したことを思い出しました。

会長は「それだな!」と言いました。会長は子供に言い聞かすように工藤に話し始めました。 社長にとって「在宅勤務者の管理」や「フィールド スペシャリストの採用」はたいした問題ではない、しかし「自社株の持株制度によるインセンティブ プログラム」は会社にとって最重要課題で特別である。社長は部下に説明していないかもしれないが、本社の上級職(CEO)との約束で日本支社社員たちへの株売却の金額目標を持っている可能性がある。今後半年そして1年間はその目標達成に努力する必要がある。 その結果で社長は本社(CEO)から評価される。 社長自身はもちろん努力するが、旗振り役として人事、総務マネジャーによる協力が必要であると考えた、ところが肝心の人事総務マネジャーはインセンティブ プログラム導入に消極的である。 窓口も自分でなく自分の部下に任せている、報告書には「株式売買、保有のリスクを説明する必要がある」と言っている。

社長はその現実に困ったと想像できる、工藤さんに事情説明もできず、工藤さんの消極的態度の理由も本人には聞けず、本社の人事部に相談したのではないだろうか。そして本社から工藤さんの東電株の大損の体験を聞いたのでしょう。 社長はその答えに納得すると同時に今後工藤さんには期待できないと結論つけたのでしょう。これはあくまで推測だけれど。工藤は会長の話を聞き探していた理由を発見したと思いました。

人材コンサルタントの橋本は工藤マネジャーに電話をかけました。 電話に出た女子社員が「工藤は先週に退職致しました。三村部長と替わりましょうか?」と言いました。橋本は工藤マネジャーの突然の退職に驚きました。「いいえ、結構です。また改めて三村部長に電話いたします。」電話をきり、ひと呼吸おきました。橋本はそういえば以前に、この会社で工藤マネジャーは長続きするだろうか?と疑問に思ったことを思い出していました。 

(完)



2002 HRC Corporation. All rights reserved.